レンタル彼氏

私は緊張しながら一歩一歩、待ち合わせ場所へと向かった。
こんなにドキドキする待ち合わせは何年ぶりだろう。歩く歩幅はいつもより大きな気がした。
待ち合わせ場所に着き、辺りを見回した。それらしき人は見当たらない。さっきまでのドキドキとは反対に少しホッとしている自分がいた。
「あやのさん、ですか?」
声がする方へ振り向くと、スラッとした身長に長い手足。ほどよい茶髪をゆるくセットしていて少し緊張したような笑顔で私に話しかけてきた。
「はい」と答える私の手を取って「行きましょうか」と大きな瞳を細めて笑った。これから私と彼の疑似恋愛が始まる。

彼と過ごす時間はとても楽しかった。限られた時間の中で私は彼を知り、彼は私を知っていく。
ふと訪れる沈黙も彼の瞳を見つめる時間だと思えば苦ではなかった。
「あやのさん」
名前を呼ばれるだけで、見つめられるだけでこんなにドキドキするなんて。
数時間前の私は知らなかっただろう。
他のお客さんの声が聞こえる。けれど、私たちがこうして見つめ合ってることは他のお客さんには見えない。
さっきまで隣にいたはずなのに。
彼は今私の隣にいてお互いの肩が触れる。恥ずかしくなって距離を開けると彼はすぐにその距離を詰める。
壁と彼に挟まれて身動きが取れなくなり、顔を上げた。
「…なに?」
「あやのさんの瞳、キレイだね」
壁に手をつき、さらに私と彼の距離が縮まる。
そんなことないって言おうとした言葉は彼の唇が邪魔をして言えなかった。



別れの時間が来た。
私たちは恋人ではない。
限られた時間の中だけの偽りの恋。
この時間が終わってしまえば私はまたいつも通りの毎日を過ごす。

「今日はありがとう。とても楽しかった」お礼を言って別れる。
これで楽しかった彼との時間は終わり。
「待って、」
背を向けた私の手を彼は掴む。
振り返った瞬間にふわりと暖かい体温に包まれた。
「また会ってくれますか?」
「それは…ちょっと難しいかもしれない。私、結婚してるし…」
「お金なんかいりませんから、僕があなたに会いたいんです」
これは偽りの恋。そんなの信じられるわけないじゃない。と私は笑って彼に言った。
「不倫がダメなら、友達でいいです。あなたが嫌がるならキスもしません。僕はあやのさんともう会えなくなるのが嫌なんです…」
ギュッと抱きしめる腕に力が入る。

神様、ごめんなさい。
私は知ってはいけない気持ちを知ってしまいました。
生涯、あなただけを愛します、と結婚をしたけれど、私は…。
私はこの腕を振りほどく事ができそうにありません。
細くけれどしなやかに筋肉のある彼の腕の中で、私は微笑みながらその身体に腕を回すのでした。

◇◇◇◇

ってゆう妄想しながら今日も生きてる。